「グレール中隊長。……あなたは、」
「?」
こちらを振り返る彼女は、忙しいだろうに律儀に足を止めた。
他隊の一平騎士であるわたしの話に、耳を傾けてくれるのだ。
(どこかの中隊長とは大違い)
そう思い、彼を劣っていると思える要素を見つけてほんの少し胸がすいた。
我ながら浅ましい。
けれど、そんなことを思っている暇はない。
「部下が……命令の結果、部下が命を落としたことは、ありますか」
ないわけはないと思う。
そんなことわかってる。
けれど、こんな尋ね方しかできないのだ。
わたしは、彼のやり方を認めたくはない。
あんなのは間違っていると、言ってほしかった。
「部下の命を救おうとあがくことはありませんか」
すべての命を救え、なんて不可能だ。
それでも、それでも命を、一つでも多くの命をすくい上げることは、
中隊長の義務ではないのか。
ダメなものはダメだと、不可能だと、
あっさり切り捨てるなんてそんなの、そんなのわたしは。
「……私が、小隊長だったときのことだ」
しばらくの沈黙の後紡がれた言葉は、唐突で、予想外のものだった。
「私のように、若く、世間知らずで、何より戦いを知らない小娘に、
それでもついきてくれる者がいた」
静かに穏やかに、それでいて凛とした声。
まっすぐにこちらを見つめてくる右目が、とても赤くて。
わたしは、何を訪ねた?
何を言わせようとしている?
「私は彼女を、私の部下を失いたくなかった」
思わず俯いた。
わたしが自分の満足のために、自分の求める答えを聞きたいがために、
尋ねてしまったことは。
「戦場で、彼女を助けようと走った」
自分で質問をしておいて、
「結果、隊列は崩れ」
聞きたくない、なんて。
「私は彼女どころか、隊の半数を失った」
「……っごめん、なさ、」
「構わない」
はっと顔を上げると、労わるように肩に手を置かれた。
泣きそうだ。
でも、わたしが泣いちゃいけない。
だめだ。そんなの絶対、それだけは、だめ。
「多かれ少なかれ、私たちは部下を失っているのだと思う」
諭すように、告げられる。
決してやさしいだけではない、覚悟の言葉。
「命を背負うなどと、偉そうなことを言っても詮無いことだろう。
死者にとっては、自らの命だけが自らのものだ」
きっとそれは、この人が、中隊長たちが自らに言い聞かせてきた言葉。
「失ったものを取り戻すことはできない。死ねと同義の命令をした命に償いなどできない」
「それでも私たちは、進まねばならない」
「最後には勝利を掴み取らねばならない」
今はもう見えない左目が、
それでも前を向いているのだろうと思えた。
「危険な賭けは、信頼と自らの命を賭すものではなかったか?」
「理不尽な命令は、活路を見出しはしなかったか?」
それでも、と口をついて出そうになるのをぐっとこらえる。
わかっていた。
わかっていたなんて言いたくはないけれど、認めたくはないけれど。
「勝つための犠牲が正しいとも尊いとも言いはしない。犠牲は犠牲だ」
彼がすべてわかって受け止めたうえで、
それでも決断しているのであろうことも。
「……ただ、」
ふ、と息を吐き出したのに気づく。
張りつめてさえいたような気がする空気が、
ゆらりと揺らめいた気がして。
「それでも、命は尊いのだと、私は間違っていると、あるいは間違っていないと、
背中を押してほしい時もある」
驚きに瞬いた。
この人でさえ、そんなことがあるのか、と。
そんな心情を、わたしのような平騎士に打ち明けるのかと。
何かを言おうとして、
けれど何が言いたいのかわからなくて。
からまわった口がもう一度息を吸おうとしたその時。
「貴女の上に立つ中隊長は、とても思慮深く、そして強い。だからこそ、」
ほんのわずか、微笑んだ気がした。
「……それを乗り越えなさい」
「……はいっ……!」
光なんて見えなかった。
望んだ答えなど得られなかった。
それでも、進みたいと、願った。
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ヒューガは比較的グレールには素直。
尊敬できる枠とできないしたくない枠の、
枠組みを自分で勝手に決めてしまうのは大きな欠点かな。
ところでこれ何が言いたいのかわかんなくなった。
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「やぁやぁまた来たよハーディちゃん」
「出て行っていただきましょうか不法侵入のデューエル殿」
「やぁだよ~っていうか出てってほしいって思ってないでしょ?」
「意味が分かりませんな」
「わかってるでしょ逃げないじゃない」
「どこへ行ってもふらふらと現れるのは貴方の方でしょう」
「本気で逃げてないからね」
「……いい加減にしていただけませんか」
「するのはどっちだと思う?」
「先ほどから何を」
「逃げる気がない小鳥なら籠の中に籠ってればいいのにねどうしてこんなところにいるんだろうね」
「……」
「ああそうだそれがいいよ、鳥かごの中ってすっごい似合うと思うよそう思うだろうそうだよ」
「…… ……」
「俺の言葉が怖いんだろう? でも逃げないね言われて当然だなんて思っちゃったりしちゃってたりしちゃったりして本当に救いがなくて愚かでかわいいねなんでそんな風に思うのか自分でもわかってなかったりするんだろうねお前はばかだから」
「……黙っていただけませんか」
「またまた~いい具合に自分のこと思い知らされちゃってツラい思いをして悲しいなーなんて思えちゃって都合がいいんじゃないの~遠慮するなって、だって安心するんだろ自分は情けなくてしょうもなくてだからいろんなひっどいことはどうしても仕方がなかったんだって言い聞かせちゃってさ、安穏と救われて平和に何事もなかったかのようにしてればいいのにそれも怖いから俺を利用してるんでしょ? それって本当に笑えるくらいかわいそうで傲慢でずるくて卑怯で自分がかわいくてでも怖くてまったくもってハーディにお似合いだよねぇ」
「……、何を、勝手な」
「勝手なのはハーディでしょ、そうやって傷ついた顔してるのもかわいいから俺としてはまあ別にいいんだけどねでもそれって、」
「……っ」
「あはは、ははははっ泣けばいいじゃない泣いてるハーディは最高にかわいいんだからたくさん泣いて俺を自分を悪役にして、そうしてずっと籠の中にいればいい」
「そう思うならっ!!」
「んー?」
「ずかずかと踏み込んでこないでいただきたい!
さぞ滑稽の映るのでしょうな、けれどもう充分私目の醜態を楽しんだでしょう!」
「やーだよ♪ かわいいハーディが泣いているならなぐさめてあげなきゃならないじゃない?」
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だから何したいかわからなくなって山も落ちもなにもなくなるってあれほど